なぜパラリンピックは別開催?ミラノ・コルティナ大会から考えるその意味と役割

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2026年に開催される ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック は、
オリンピックと同じ理念のもとで行われる大会でありながら、
「なぜ別開催なのか」
「どんな意味があるのか」

を十分に知られていない側面もあります。

オリンピックのあとに続く形で行われるパラリンピックは、
単なる“もう一つの大会”ではありません。
競技の在り方や社会の価値観を問い直す、重要な役割を担っています。

特にミラノ・コルティナ大会は、
パラリンピック誕生から50周年という節目にあたり、
分散開催サステナビリティ、インクルージョンといった考え方を
より強く打ち出している点が特徴です。

この記事では、
なぜパラリンピックは別開催なのか
そして ミラノ・コルティナ大会が示す「パラリンピックの意味」 を、
初めての方にも分かりやすく解説していきます。

1|パラリンピックとは?まず基本をおさえる

パラリンピックとは、
障がいのあるアスリートが世界最高峰の舞台で競い合う国際的なスポーツ大会です。

オリンピックと同じ理念を共有しながらも、
競技の特性や環境に合わせた独自の発展を遂げてきました。

その起源は、第二次世界大戦後のリハビリテーションにあります

負傷兵の社会復帰を目的としたスポーツ活動が広がり、やがて国際大会へと発展しました。
1960年のローマ大会が、現在のパラリンピックにつながる最初の公式大会とされています。

現在では、夏季・冬季ともにオリンピックの後に開催され、
開催地や理念を共有する形が定着しています。

2026年には ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック が行われ、
雪上競技や氷上競技を中心に、多くの国と地域から選手が参加する予定です。

パラリンピックは「特別な人の大会」ではなく
人間の可能性や競技としての完成度を追求するスポーツの祭典として位置づけられています。
この点を理解することが、オリンピックとの関係や「なぜ別開催なのか」を考える出発点になります。

2|なぜオリンピックと「別開催」なのか

パラリンピックがオリンピックと同時開催ではなく、別の日程で行われる理由は一つではありません。

歴史的な背景に加え、競技の特性や大会運営の現実的な事情が重なった結果、
現在の形が定着しています。

まず大きな理由として挙げられるのが、競技環境と準備体制の違いです。

パラリンピックでは、競技ごとに義足や車いす、視覚ガイドなど、
選手一人ひとりに合わせた細やかな準備が必要になります。
会場設営や動線、サポート体制も、オリンピックとは異なる配慮が求められます。

また、選手と観客の安全確保という観点も重要です。

  • 会場内外のバリアフリー対応
  • 医療・サポートスタッフの専門性
  • 移動や宿泊における配慮

これらを十分に整えるためには、大会を分けて運営する方が現実的だと考えられてきました。

さらに、別開催であることで、
パラリンピックそのものに十分な注目が集まるという側面もあります。

同時開催の場合、どうしてもオリンピックの話題に埋もれてしまう可能性がありますが、
独立した大会として行うことで、競技や選手の魅力が正しく伝えられやすくなります。

こうした理由から、パラリンピックは「補足的な大会」ではなく、独立した価値を持つ国際大会として、オリンピックの後に開催される形が選ばれているのです。

3|ミラノ・コルティナ大会が特別と言われる理由

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック が特別視されるのは
、単に開催地が新しいからではありません。


大会全体の設計そのものが、
これまでのパラリンピックより一歩踏み込んだ考え方に基づいている点にあります。

最大の特徴は、分散開催という方式がパラリンピックと非常に相性が良いことです。

都市部と山岳地域を役割分担させることで、競技特性に合った環境を無理なく整えられます。
アクセス性が求められる競技は都市に、自然条件が不可欠な競技は山へ――という配置は、選手の負担軽減にもつながります。

また、開会式の舞台選びにも強い象徴性があります。
歴史的建造物を活用することで、「新しく作る」のではなく「すでにある価値を生かす」という大会の思想が明確に示されています。
これは、サステナビリティと文化の両立を体現する演出でもあります。

さらに注目すべきは、パラリンピックが大会全体の中心的存在として設計されている点です。
オリンピックの“後”に行われるからこそ、準備や運営が後回しになるのではなく、
最初から同じ思想と計画のもとで組み立てられています。

このように、ミラノ・コルティナ大会は、
「パラリンピックをどう開催するか」ではなく、
**「社会の中でどんな役割を担わせるか」**までを視野に入れた大会だと言えるでしょう。
ミラノ・コルティナ大会は、オリンピックとパラリンピックで共通した理念のもとに設計されています。

*分散開催やサステナビリティについては、こちらの記事で詳しく解説しています。*

ミラノ・コルティナ五輪は何が新しい?分散開催とサステナブル大会をわかりやすく解説

4|パラリンピックが社会に持つ「意味」

パラリンピックの価値は、競技の結果やメダルの数だけでは測れません。
この大会が持つ本質的な意味は、スポーツを通じて社会の見方を変える力にあります。

パラリンピックでは、
障がいの有無にかかわらず、選手一人ひとりが自分の能力を最大限に発揮します。

その姿は、「できないこと」に目を向けがちな社会の視線を、
「できること」「工夫によって広がる可能性」へと自然に導いてくれます。

また、大会に向けて整備されるバリアフリー環境は、一時的なものではありません。

  • 段差の解消や動線の改善
  • 誰でも使いやすい公共交通
  • 情報表示や案内の工夫

これらは大会後も地域に残り、高齢者や子育て世代、観光客など、多くの人にとって暮らしやすい環境を作ります。

さらに、パラリンピックは「支援される側」という固定観念を超え、
競技者として尊敬される存在を社会に示してきました。
観戦する側も、応援するうちに無意識の偏見に気づき、考え方が変わることがあります。

このようにパラリンピックは、スポーツイベントであると同時に、
社会全体の価値観を少しずつ更新していく装置としての役割を担っているのです。

5|オリンピックとの共通点と違いを整理

パラリンピックとオリンピックは、別々に開催されるものの、根本の理念は共通しています。

いずれも、スポーツを通じて人間の可能性を示し、国や文化の違いを超えて人々をつなぐことを目的としています。

一方で、実際の大会運営や競技の見方には、いくつかの違いがあります。
まず大きな違いは、競技の成り立ちです。

パラリンピックでは、
障がいの種類や程度に応じてクラス分けが行われ、
同じ条件の中で公平に競える仕組みが整えられています
この点を知っておくと、観戦時の理解が深まります。

一方、共通点としては、トップアスリート同士の真剣勝負であることに変わりはありません。
記録更新を目指す緊張感や、勝敗が決まる瞬間のドラマは、
オリンピックと同じように観る人の心を動かします。

オリンピックと比較しながら観ることで、
パラリンピックの競技性や奥深さが、よりはっきりと見えてくるでしょう。

6|ミラノ・コルティナ大会が未来に残すもの

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック が目指しているのは、
感動的な大会を成功させることだけではありません。

この大会では、「終わったあとに何が残るのか」が、最初から重要なテーマとして組み込まれています。

まず大きいのが、インフラのレガシーです。

大会に向けて整備される交通網や公共施設は、競技期間だけのものではなく、
地域の日常生活や観光に使われ続けることを前提に設計されています。

とくにバリアフリー対応は、パラリンピック終了後も地域に根付き、
高齢者や旅行者にとっても使いやすい環境を残します。

次に、意識の変化というレガシーがあります。

パラリンピックを通じて、
多くの人が障がい者スポーツを「特別なもの」ではなく、
「高い競技性を持つスポーツ」として見るようになります。

この視点の変化は、制度や設備以上に長く社会に影響を与えるものです。

さらに、開催モデルそのものも重要なメッセージになります。

  • 分散開催でも質の高い大会は実現できる
  • 新設を抑え、既存資源を活用する選択肢がある
  • パラリンピックを大会の中心に据える設計が可能

こうした実例は、今後の国際大会や都市開発の考え方にも影響を与えていくでしょう。

ミラノ・コルティナ大会は、
「パラリンピックをどう見せるか」だけでなく、
「これからの社会をどう作るか」を考えるきっかけを残す大会になりそうです。

*ミラノ・コルティナ大会は、オリンピックとパラリンピックを通して「これからの国際大会の形」を示しています。
五輪全体の特徴を知りたい方は、前編となるこちらの記事も参考になります。

ミラノ・コルティナ五輪は何が新しい?分散開催とサステナブル大会をわかりやすく解説

7|まとめ|なぜ今、パラリンピックの意味を考えるのか

パラリンピックは、オリンピックの「後」に行われる大会ですが、
その意味や役割は決して補足的なものではありません。

むしろ、スポーツが社会に何をもたらすのかを、よりはっきりと示してくれる存在だと言えるでしょう。

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック は、
分散開催やサステナビリティといった現代的なテーマを背景に、パラリンピックの価値をこれまで以上に前面に押し出しています。

競技を見せるだけでなく、環境、都市、社会の在り方まで含めて問いかける大会です。

パラリンピックを知ることは、
「障がいのある人のための大会」を理解することではありません。
多様な人が共に生きる社会を、スポーツを通じて考えることにつながります。

オリンピックと並べて見ることで、
スポーツの楽しさや奥深さ、そして社会的な意義が、より立体的に見えてくるはずです。
ミラノ・コルティナ大会は、そのことを改めて教えてくれる節目の大会になるでしょう。